show532reasonのブログ

事実は小説より奇なり 蜜泉彰竜の小説

第6話 平和と戦争

通常繰り返すそれが、その時代には器用に隣り合い共存していた。

 

殺伐とした空気を感じることや例外はあっても、

安穏とした瞬間を感じる暮らしを繰り返し得るだけ、地上に平和はあり、

 

地下やサイバー空間、海上空上宇宙空間など、住宅需要が無さそうな場所で
戦争が過激だった。 

 

ただ情報という壁が隔てるだけで、それを共存させていたが、
各地で聞こえ始めた民衆の歌が大きくなるにつれ、厚みは薄まり、
真実を求める先触れの者達には、時代の向こう側が見え透く
レースカーテン程の存在でしかなかったかもしれない。

 

日本では、コロナウィルスワクチンの接種開始を告げる大臣のコメントには、
地震や台風などの影響で計画通りにはいかないかもしれませんが云々」との
前置きがあった。

 

M7.1の地震があった三日後に、2度も念押しの様なコメントを聞かされると、
まるでそれが予定事項の様に聞こえ不快だった。

 

翌日には、緊急事態宣言下に深夜飲食店利用の議員が離党のニュース、
CMはB型肝炎ウィルス訴訟の相談。

 

この頃の私は、疑念を持って報道に接する病が、それらをアメリカに端を発していた

議員の大量逮捕を連想させ、ナノテクノロジーや遺伝子組み換えワクチンに対する

警告の様に見えるほど重症化していた。

 

壁の向こう側で行われている、軍事作戦成功が先か、彼らの民衆奴隷化計画が先か、
事態は拮抗し、カーテン越しに新時代の陽光は射し込んで、
人々の目覚めを促していた。

 

 

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第5話 天と地

八方塞がりの世に救いはあるのか。

 

動けない時にはその地に立ち止まり、天を仰ぐ。

 

自分が何を願っていたのかを思い出した時に天地繋がり、

希望を宿したその二方が芯棒と成り、時がまた動き出すだろう。

 

そして自らの内に見出したその希望を羅針盤とし、

八方へと「心のふね」を漕いで、

新しく世界を造り直せばいい。

 

人が救いを求め願い、また歩き始めた時、その人自身が救いとなり

周りに新しい世界を示すだろう。

 

 

閉塞した空気が漂うこの時代は、人々の目覚めを渇望していた。

 

「求めよ、さらば与えられん」、 求めなければ、天も施しようがない。

 

人は見るもの聞くものによって、心の置き所が変わってくる。

美しい花に憧れる人は、その心の内に似たものを持つのだろう。

自分が求めるものを知っている人は、その地へと、きっとたどり着けるだろう。

 

想うことどもが形になりやすく実現しやすい時代、想念が大事である。

その想いが強いほど、言葉は力を増し、行動をひき起こす。

 

「願いを叶えてやろう」

 

もし、そんな場面に出くわしたら、うまく伝えられるだろうか。

日頃の訓練が大事に思えてきた。

 

日々念願し続け、ぼちぼちと歩いていたなら、約束の地は案外

近所に現れるのかもしれない。

 

天国がこの地に現れた時、それは、いつも心の内にあったものと同じだろう。

 

 

「これからどんな時代になるのでしょうか?」

 

そんな疑問を若い頃、お酒の席で歴史学者にぶつけたことがある。

 

「それはあなた方が決めることだろう」

 

ぶつけ返された三個の拳骨より、その言葉の方が頭に衝撃を与えた。

 

 

いつの世でも、「未来は今、造られている」、それぞれの胸の内で。

 

願いが共通し広がった時、古き物は崩れ、新しきものが顔を表す。

 

 

破壊の裏に創造はある。

 

新時代の黎明期に気付きだした者は、真実を胸に留められず叫びだすだろう。

始めは受け入れ難く、「呑込みにくい」その一石も、やがて波紋と広がろう。

時にそれは、人々の価値観を壊し、今までにない尺度を創りだす。

 

その真実を共有したとき、それが新しい世の常識となる。

 

 

何を望むか、今一度おのおのの胸に問う。

 

「求めよ、さらば与えられん」

 

 

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第4話 龍雲

帰りのフェリーの中でもまだ、一同は余韻に浸り、お互いが離れがたく

寄り集まっていた。

 

「呑込みにくいのじゃ」

 

霊夢をみる人が、通訳するようにつぶやいた。

 

この旅には見えない同行者が多い、霊憑りは続いてるらしい。

 

船は、日本列島の口とも言える鹿児島湾に入らんとしていた。

 

昇り龍と下り龍。

 

この国は龍体をしている、しかも阿吽の呼吸で上下二体だ。

 

その言葉を聞いた時、ふとそのことが思い出されたが、

ただの人にはよく分からない。

 

その場に居合わせた者の中にも、そのメッセージの受け取り主はいなかった。

誰に届ければよいのか分からぬまま、穏やかな湾内に浮かぶ桜島

帰宅を告げた。

 

桜島の龍は元気だろうか。

 

霊憑った旅の最後に、またあの噴煙に身を隠した巨大な龍雲を見られるのではないかと秘かに期待しながら、ただの人は甲板から身を乗り出す。

 

見えるのは、どっしりと身構え、ゴツゴツとした山肌を赤く染め始めた守り神と、真っ青な海に織りなす白波、それが照り返す朝日だけだった。

 

龍の存在をはっきりと認識しだしたのは、人から神社詣りを頼まれた

その頃からだっただろうか。

 

薩摩一之宮は開聞岳かいもんだけ)の麓にあり、枚聞(ひらきき)神社と言うが、昔は和多都美神社の名で、外洋に面した立地から航海神として崇められた。

 

その地の近くで眺めの良い花園のある小高い丘を訪れた時、初めて龍雲を見た。

 

確信を持って言えるのは、雲一つない晴れ渡る空の中に、

一塊の黒雲がポツンと浮かんだのを見ると、突如、縦に一筋龍形を現し、

土砂降りの雨をもたらしたのだ。

 

それ以前、ホツマ言葉研究者だという同性の方から、伯父がもらっていた手紙を

読ませてもらったことがあった。

先祖を辿るその道中に豊玉姫がおられるから是非お参りしてくれという内容だ。

 

その神社本殿裏には、清所と呼ばれる豊玉姫の御陵がある。

その地で家族と共に体験した雨は、龍神の嬉し涙としか受け止められなかった。

 

 

第3話 直会

「あなた方はその昔、私と共に海を渡りこの地へと参った方々です」

 

その場にいる、植樹に立ち会った十人ほどにかけられたその言葉に驚くよりも、

俄かに信じるには判断の材料も持ち合わせず、霊的地場が形成されている

その不思議な旅の間は冷静でいようと吟味した。

 

いつものように神憑りを起こしているその女性の声は、

通常の声色と変わらず威勢と張りがある。

 

人と違い、思うように運ばない人生を送ると、

自分が特別な何者かなのではないかと錯覚して信じてみたくはなる。

 

だがそんなことに意味はなく、陶酔した人生で、身を誤らせることなどして

なるものかと、自分の体たらくを鑑みて踏みとどまり、

審神できるほどの高い霊感も持ち合わせないただの人は、その言葉を

心の片隅にそっとしまっておくことにした。

 

必要とする時が来るのなら、その時に取り出せばよい。

 

植樹が終わり、松の御前でお祭りが済むと、直会が始まる。

 

「観音様の御本体は、国常立命様だ」

 

 一人がおもむろに、岡田茂吉翁の講和集を紐解くと、読みつぶやいた。

 

「そうだ、そうだ」

 

霊声を聴くその人に、この旅が始まる前から憑ってきていた龍神か、

その人の体を借りて皆に分からせるかのごとく大きな返事で二度、頷く。

 

島特有の雰囲気の中、指笛がなると、踊り慣れない者達は

ぎこちない動きで環になった。

 

 

第2話 心のふね

人間の頃、自分達が船で運び植えつけた苗木の成長ぶりに感慨にふけった。

 

思い返せばあの頃は何かにグイグイと引っ張られるかのような

不思議な体験に身を任せていた。

 

石碑の聖域も、まだ手入れなさっているだろうか、あの時訪ねた際に

大本教の信徒の方々が掃き清められたそこで、一同揃って祝詞

奏上したことを思い出した。

 

そう言えばあの人は面白いことを言っていたな。

 

霊声を聴くその人は、その地に立ったとき、男の声が聞こえたという。

 

「よくぞ参った」

 

それは迎えの言葉ではなく、相対峙した感じに聞こえ身構えると、

持つはずのない刀に手を伸ばしたという。

 

それが何を意味したのか、知る由もない。

 

石碑にはこう刻まれている。

 

「世をおもふ 心のふねに棹さして 宮原山に はるばる吾来つ」

 

古代、権力を得ようとした神々より排斥され、日本本土より離れることを

余儀なくされた豊雲尊様が、夫神様と鹿児島湾沖で別れを告げ、

供の物を引き連れて渡ってきた時の歌だと直感した。

 

言いようもない心細さだっただろう。

 

湾を出ると、別世界に出たのかと思うほど、太平洋の波がうねりだす。

 

北赤道海流はフィリピン沖で勢いを増すと、世界最大規模と言われる

黒潮と化して、大北上を始める。

 

そのうねりは、古の船が勢いに抗い、南下するその途上で荒波を越すのに、

どれだけの不安と試練を与えただろうか。

 

この地方にはサバニと呼ばれる木の漁船がある。

もしそういう類のものだったらと想像すると、命がけの船旅だったであろう。

 

いや、命があったのが不思議である。

 

 

第1話 銀の龍の背に乗せて

天の八重雲を千別きに千別きて眼前が開けると、蒼ざめた海が見えた。

 

台湾越しに大陸の方へ一瞬目をやると何やら赤黒かったが、

晴れ渡る空を泳ぎ高度をさげて清々しい風を浴びると、気にも止まらなかった。

 

「シートベルトって何?」

「ははは、この時代、乗物で身を守るものじゃ、あまり速度が速いと危ういからな、

それに節分からは、神々も新しき役目を得て何かと慌ただしい、

しっかりと自分を保つ必要がある」

 

立春のこの時期でも陽光に島々の緑が映えており、沖縄を北上したあたりから

銀粉が舞い上がりキラキラと柱をなして渦巻いていた。

 

喜界島(鬼界ヶ島)だ。

 

その渦に身を任せ降り立つ。

 

「よくぞ参った」

 

女神が懐かしく暖かい声で迎えてくださった。

 

「カカ様!」

 

「貴よ、元気にしておりますか」

 

「はい」

 

「此度の旅はあなたの糧となるでしょう、味わってきなさい」

 

「ありがとうございます」

 

「豊雲様、お久しゅうございます」

 

「うむ、いよいよの時ぞ、心せよ」

 

「は、心得てございます」

 

こんもりと盛りたてられた半球状の土に、

依り代として植えられた松は活き活きと育っていた。

 

 

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